相続と親の介護はセットの課題
遺産相続が発生した際、両親のうち一方が亡くなられた相続を「一次相続」、その後もう一方が亡くなられた相続を「二次相続」といいます。
このうち一次相続については、遺産分割の問題だけでなく残された一方の両親の「介護」についても合わせて話し合わなければならないことがあるため注意が必要です。
というのも、例えば両親のうち父親が先に死亡して母親だけ残されたような場合、それまでは元気だった母親が父親の死亡をきっかけとして元気を失ったり、最悪の場合認知症が発症したりするケースがあるからです。
そうなると、遺産分割云々の前に残された母親の面倒を誰が見るのか、という問題を先に解決しなければなりません。介護施設などに入所してもらう方法もありますが、費用負担などを考えるとやはり家族で話し合って役割分担を決める必要があるでしょう。
親の介護を条件にできる?
自ら進んで親の介護をしたいという方がいればこんなに素晴らしいことはありませんが、現実的にはすでに結婚していて別に家庭を持っている相続人が多いため、親の介護まで手が回らないというケースの方が多いでしょう。
そんな場合は親の介護を条件に、遺産を多めに取得するといった遺産分割で合意させることがよくあります。
例えば、母親の介護を責任持って行う代わりに、すべての遺産を長男が相続する、といった感じです。母親と同居している相続人がいる場合は、このような遺産分割で折り合いをつけることがあります。
このように遺産を相続する代わりに、一定の債務の負担を約束することも可能です。
一見名案のように見えるかもしれませんが、実は後でトラブルに発展することがあるため注意が必要です。
長男が母親の介護を途中で放棄した場合
母親の介護を条件に遺産の大半を相続したまではよかったのですが、数年後にどうしても仕事で転勤になってしまい母親の介護を継続することが難しくなってしまったのです。
困った長男は長女に連絡を取り、やむをえない事情だから母親の介護を引き継いで欲しいとお願いしました。
長女としては渋々了承したそうですが、次のように主張してきたのです。
「だったら、もともと介護が条件で遺産を相続しているのだから、介護できないのであれば遺産分割協議は白紙に戻して欲しい」
確かに長女からすれば、長男が介護を放棄するのであれば遺産を単独で相続する資格はない、といいたい気持ちは理解できます。一方で、数年間ではあるもののすでに長男は母親を介護してきました。
さて、このような場合当初の約束である遺産分割は白紙に戻さなければならないのでしょうか。
遺産分割協議の法定解除は可能?
今回の事例のように遺産を単独で相続する代わりに母親の介護をするという債務のことを「代償債務」といいます。
ちなみに、民法では次のような規定があります
第541条
当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約の解除をすることができる。
つまり、民法によれば長男が母親の介護をしなければ契約の解除、つまり遺産分割協議の法定解除ができるという解釈ができます。
ところが過去の類似の判例では、このようなケースにおいて代償債務が履行されないからといってその都度解除を認めてしまうと、遺産分割協議の法的な安定性が害されてしまうことから、遺産分割協議の法定解除については否定しています。
長女としては引き続き長男に対して責任を果たすよう責任追及することは可能ですが、遺産分割協議自体を解除することはできないのです。
まとめ
仮に長男が遺産分割協議のやり直しに応じたとしても、すでにしている相続税申告に影響はありません。この場合は、遺産分割協議のやり直しというよりも、税務上は新たな贈与があったとして申告して処理することになります。
このように、遺産分割協議において代償債務について規定すると後で約束が守られなかった場合にトラブルになるため注意が必要です。特に介護のように強制することが難しい債務については、たとえ合意したとしても守られなくなる可能性についてはある程度考慮しておいたほうがよいでしょう。
のちのトラブルを防ぐためにも、できるだけ金銭以外の債権債務は遺産分割で取り決めないことをおすすめします。